運命とよべるもの #05

小説

変化していく日々の

人と話しをすることが多少できるようになった私ではあったが、引き込み事案なところは相変わらずで家でCDを聴いたりDVDを観たりはしていたしそれだけで満足だった。雑誌などで活動の情報は知っていたので、毎年ライブを開催していることは知っていた。だがそこに行く勇気はなかった。

デビュー当時からやっているのは知っていたが、なかなか足を踏み入れることはできなかった。

当時の私はそんなに家庭環境が良くなかった。そのせいであまり人を信じる事ができず人嫌いであったし、いつも心の中では不安を感じていた。何が不安なのかを聞かれても答えられないのだが、いつも何かに怯えているようなところはあったと思う。将来に不安を感じる年代であったし、これからどうなるのかを不安に思う時代であった。

夜になると眠れない事が多く常に寝不足であった。そんなこともあり精神的に不安定な日々を過ごしていた。あの人の歌を聴くと不思議と安心して気持ちが穏やかになるのを感じた。それもあって毎日あの人の歌を聴きながら眠りにつくことが日課になっていた。そういう意味ではあの人の書く歌詞とその当時の自分がリンクしているように感じ、私の精神安定剤のようなものでもあったのだと思う。

きっと私以外にもそういう人が多かったのではないかと思う。何か心の支えになるような、自分の心の不安な部分に寄り添ってくれるような歌詞であった。世間が自分という存在を見なくても、この人はきっと私のような今の社会を生きにくいと思っているような人間の心を理解してくれるのだろうと思った。

そういったことを話したりするような共通のファンという人も周りにはいないし、この人のファンであるということも誰かに言うわけでもなかった。そんな中途半端な推し活であったが、有り難いことにテレビにはよく出ていたのでそれをいつも楽しみにしていた。

3度目の手紙を出した頃、『これは偶然なのだろうか…』と思うことがあった。

私が手紙に書いた内容に似ているようなことが書かれてあったのだ。しかし何ヶ月も前のことだし、偶然なのか…私が書いたことへの答えのような返事のようなそんな気持ちになった。

『まさか……』と思っていたが、もしあんな手紙でも読んでくれているのだとしたら、とても光栄なことであるし有り難いことだと真摯に受け止めた。

もしかすると年も近いこの人も同じように、今の時代を生きにくいと感じているのかもしれない。

決して明るい歌ばかりではないし、むしろ今の時代に何かを訴えかけているような、問いかけているような歌詞も多かった。

何曲も出しているのにどの歌も何回聴いてもいつ聴いてもいつも新鮮に感じていたし、この人の心の中にあるものも決して前向きな気持ちだけではないのかもしれないと思うようになっていた。

このことをキッカケにこの人を少し近くに感じるようになっていた。相変わらず遠い世界の人ではあるが、自分と同じ不安を抱えている人なのかもしれない。そう思えたら華々しい芸能人というよりもとても普通の人なんだと感じた。

大ヒットして話題になって世間はチヤホヤして持ち上げていき、周りには沢山の大人たちが集まってくる。自分の顔色を伺っては機嫌を取っているような、あの人から見えている世界はこういうものなのかもしれないと選んでいる言葉から推測できる。

売れたら勝ちの世界で世間や周りは大きな期待をして、自分の意志とは反対に膨れ上がる人気者としてのプレッシャーと、どこに行くにも自由は無く何をしても話題になってしまう。

全てを管理・監視されているような不自由な自分と、その反面一人の人間として自由を望む心の葛藤が言葉の中から感じられるようになっていた。

そんな一時の栄華だとしてもその地位や名声、栄光を手にした人を誰しもが羨むだろう。手が届くまでそれを追い求めて、ひた走っている間はその景色を求め強く望むものだが、そこを極めた人間にとっては頂上の景色というものは、他人が羨むようなそんな華々しいものではないのだと心の中で叫んでいるように思えた。

一瞬の儚さも頂点の景色も同時に見たのであろうこの人の、そんな感性や感覚に余計に惹かれていった。この人も自分と同じように思っているのだろうし、同じようなことを感じられる心を持った人だということを知った。きっと、人気が出てそれを甘んじて受け入れて華やかな世界で、なんの疑問も持たず生きているような人だったなら、こんなにも惹かれていなかっただろう。

あの時自分が出逢いたい、出逢うべき人だと感じたことは間違ってなかった。生きている場所は違うけれど自分と似た感性や感覚を持っていることで、まるで華々しい場所にいるこの人が “光” で、自分が “影” であるような自分とこの人を二重写しに見るようになっていた。

そして私と同じようにこの人も、何か心の中にポッカリ空いた穴のようなものを必死で埋めようとしているのではないか。淋しげなあの時の表情もそんな気持ちの現われだったのかもしれない。

いつしか何度も聴いた歌も新しく出る歌もそんなふうに感じられるようになっていた。これまで以上にリアルに自分の心に刺さるようになっていた。

*この物語はフィクションです。

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