世界が変わる瞬間の

それからというもの自分自身の期待度の大きさなのか、行ったこともないライブの夢であったり、実際に会っている夢だとか、夢の中でしか叶わないようなことなど何度も夢を見るようになっていた。
映像でしか見たことのないあの人の姿を自分なりに想像しては待ち遠しい気持ちでいっぱいであった。あと何日かとその日を待つまでが楽しくてそれまでが幸せなこんな毎日を、私も経験することができるのだと今までだったら思いもしなかった。
そして、いよいよライブの当日。会場に着くまで緊張と興奮で、いつも以上によく喋る私はその緊張している所を隠そうとしていた。流れていく車窓を眺めながら、長いはずの移動もあっという間に感じた。段々と海が近くなってきてもうすぐ会場だと思っていると、多くの人が集まっているのが見えた。
車を降りてその人だかりに近づいてみると、早めに来たはずなのにもうこんなに人が並んでいる。あまりの人の多さに驚きながら、色んな年代の人たちがいるのだなと思った。
何もかもが初めてで見るものすべてが新鮮で、どこに行っても感動するばかりだった。
こういう時は何からするべきかわからなかったが、とりあえずグッズでも見ようと思い列に並んだ。選べないくらい沢山のグッズがあることに戸惑いながら、初めてなので定番のものを買うことにした。
そんな時間を過ごしているうちに開場する時間になっていた。更に増えた人混みに紛れ、その流れに逆らうことなく進んでいくと、押されるように会場の中に入っていった。
チケットを受け取ったときに座席の番号は見ていたが、果たしてこの席がどんな所なのかは想像もつかない。大きな扉を2つ潜ったその先には見たこともない世界が広がっていた。
この場所に入っただけでももうすでに泣きそうになりながら、「やっとここに来た」という感覚に言葉も出なかった。扉の先は開けていたが思っていたよりも大きくなく、一番後ろからステージまでもさほど遠いと感じないこじんまりとした会場だ。
先輩と二人で壁に書かれたアルファベットとチケットを見比べながら進んでいくと、真ん中の小さいステージに近いスタンド席であるとわかった。自分たちの席まで降りていくと小さいステージの眼の前で、メインのステージも近くに見えるとてもいい席だと感じた。
そう感じたのもつかの間、こんなに近くで会うことを思うと更に緊張が高まった。

会場のボルテージも上がり、会場中が興奮と熱気で溢れかえっていた。始まる前から叫んでいる人、みんなで盛り上げようとペンライトを振って盛り上げている人たち、その光景を目を輝かせて見ていた。全体がとても良く見える席であちらこちらを見ては、深呼吸をして自分を落ち着かせようとしていた。
会場のコールが最高潮に高まった頃、一瞬にして場内が真っ暗になった。そこにいる全員がいよいよ始まるという期待感で立ち上がり叫んでいた。始まりの音が鳴り出した瞬間、あれほど騒がしかった会場が静まり返り、今から何が始まるのかと固唾をのんで待っていた。
オープニングの曲から静かに始まり、眼の前で夢にまで見た世界が広がっている。そのあまりの感動に、本人が出てくる前から泣いている自分がいた。涙が止まらなかったが、泣いているところを見られたくなくて暗闇で涙を拭った。そんな自分に対する照れくささと、初めての感情を必死で隠していた。
ずっと一人で聴いてきた歌を眼の前で生で聴けること、テレビやDVDでしか観たことのない動いているあの人を見ている。どこに移動しても目が離せず、『…やっと、逢えた……』と、心の底からそう思った。それはある種の安心感なのか、何年も憧れ続けていた人に出会うことができたという達成感なのか、満たされたような今まで味わったことがないような幸せな気持ちで溢れていた。
数曲目が終わったころ、次の曲への場面転換で暗くなる一瞬の間に視線を感じた。ふと中央のステージに視線を落として、ドキッとして目を見開いた。あの人がこちらを見ているのがわかった瞬間、心臓が飛び出そうになり一瞬呼吸をするのも忘れ、戸惑いと恥ずかしさでそっと視線を逸らし下を向いていた。たった数秒の出来事である。
動揺で顔を上げられず足元をじっと見ながら、『まさか…!?』とは思ったが、確かにこちらを見ていた。完全に視線が合っていたのはわかったが、そこでも偶然だろうしそんなことはないと何度も否定してみたが、あの時の心臓の音、鼓動の高鳴りは隠しきれなかった。
時が止まったようなこんな出会いの瞬間を考えもしなかった。
ずっと会いたかった人ではあるし、ファンとして自分の都合のいいように考えてしまっているのだと思っていた。ただひとつ言えるのは、それが感情というよりも自分の魂の奥から聞こえてきた声のように思えたからだ。
そこから先はもう放心状態で眼の前の夢のような世界が私には眩しすぎて、今日この場所に来ることができて良かったと、今まで頑張ってきてよかったと心から思った。これまで味わったことのないような感動以上のものが自分の心の中に大きく強く刺さっていた。
私はこの日を一生忘れないだろうと思った。勇気を出して一歩踏み出してみたことで、こんなにも大きなものを得てこんな世界が広がっている。今までの自分と今日からの自分とでは、大きく変わるだろうことを実感していた。この出会いから更に、軌跡を感じることになるになるのである。
それくらいこの日のことは、今後の自分の人生に大きな影響を与えることになる。
*この物語はフィクションです。