もうひとつの魂

ライブが終わってからというもの、完全に心が燃え尽きて放心状態の日々を過ごしていた。初めてのライブに行けたことへの感動ともう一度あの場所に戻りたいと思う気持ちと、また会いたいという気持ちとで心は複雑であった。こんなに会いたいと思える心がまだ自分にもあったのだと思った。
何度も繰り返してはライブの光景を思い出していた。あの時、ずっと探していたものをやっと見つけたような、そんな不思議な感覚があった。初めてあの人を見たときに、心に空いていた穴が埋まっていくような感覚があった。あの場所にいたときは緊張の中にいたのでそんなに冷静に考えることができなかったが、やっと出逢えた眼の前のあの人を1秒たりとも見逃さないようにするのが精一杯であった。
こんな自分が居るのだと思ったことに驚き、あの人のことがこんなに好きだったのかという驚きもあった。会えない時間が長いと理想ばかりが膨らんで、実際に会ってしまうとその描いていた理想が壊れたり、思っていたことと違うなどあるものだがあの人は違った。
自分の中で思い描いていた理想を優に超えるくらいの人だった。理想以上の人であり、自分の小さな考えを遥かに超えるような人に思えた。
ステージの世界観も歌もそこにいる姿も私よりずっとずっと上にいる人、手を伸ばしても届かない人で、数メートル先にいるのに見えない大きな壁があるように感じた。届きそうで届かないそんなもどかしさを感じ、これが現実なのかとも思った。
そんな現実の厳しさを感じながらも、あの人を実際にこの目で見たことで自分の心の中に何か引っかかることが生まれていた。
考えれば考えるほどあの人は、やはりどこか寂しそうで儚いような…夢のようなステージの創られた世界の中で、そこにある真実を誰かに見つけてほしいとでも言わんばかりに私に訴えかけてくるものがあった。
あの人もまた、現実と虚構の狭間でホンモノを探しているのではないかと思った。私の心の中にある何か真実を隠しているような、偽りの自分を演じているのではないかと。ここにいる自分が他人のように感じてしまって、本当の自分はどこか遠くにいるような感覚になってしまうことが子供の頃からあった。
心の奥深くにポッカリ空いたような穴があるように感じているからかもしれないが、どこかにもう一人の自分がいてその人を常に探しているような感じがしていた。
私にはそんな感覚があったが、この人もまた何か心の中の空白を埋めたいと思っているのではないかと自分と似ている一面を感じてしまった。

スピリチュアル的なものは全くわからないが、なんというか不思議な感覚は幼い頃からのもので、人と話すのが苦手であったため昔から大人の顔色を見るような所があった。人の感情や表情でその人の気持ちを察してしまうような癖があった。
そのせいもあって、自然と目を見ただけでその人の考えていることがわかるような気がした。あの人の笑ってはいるが、一瞬の寂しげな表情を見逃さなかった。
いつも周りの人たちの前では明るく笑っているけれど、心の中の本当のあの人は違うのではないかという気がしていた。
それが初めてテレビで観たときからの違和感で、ずっと気になっていることなのだろう。誰かに見つけてほしいと救いを求めているような、儚さと消えてしまいそうな危なさを感じていた。
いつしかそれが本当であるなら、それに気づいた自分がこの人を救ってあげられたらと思うようになっていた。
実際にそう思っていたのかどうかはわからないが、自分と似たような一面を見つけたことから近くに感じていたのかもしれない。どれだけ華やかな場所にいてもそれが永遠に続くわけではないし、いつか終わりが来ることへの不安も持っていたことだろう。
当然良いことばかりではないし、普通の人から見たら羨むようなことも当の本人はさほど喜びではなかったのかもしれない。歌の中でも実際に見たステージでも、そういった感情が垣間見えていた。
創られた世界とはいえ、人間くさいリアルな感情もそこには描かれていたような気がした。捉えるものの見方によって様々に感じられるのかもしれないが、見た人の心に何かしら残るような心に刺さるライブだったと思った。
自分にとってそこに行ったことの意味は大きかった。またライブに行きたいという気持ちになったし、あの人の心をもっと知りたいと思った。
*この物語はフィクションです。