思いがけない出逢いを

後に思い出したことなのだが、ライブに行くようになってしばらくしたある日、ひとつの出来事をふと思い出した。何がきっかけだったのかも思い出せないほんの些細なことだった。
二十歳前後のことである。その日は、家族と車で出かけていた。どこに行ったのかも覚えていないし、その前後のことは何一つ心に残っていないのだが、遠いところに行ったのであろうことは想像できた。それは高速道路のあるサービスエリアでの光景だけが思い浮かぶのだ。
長い車移動だったので、休憩がてら途中サービスエリアに立ち寄ることになった。店内を少しウロウロしてそろそろ車に戻ろうと外へ出たところ、周囲がザワザワしているような感じがした。
その人達を横目に見て車に近づこうとした時、明らかにその場の雰囲気とは違う一団がいることに気がついた。ここにいるはずもないというような、特質したオーラを感じてしまうほどの違和感の原因は皆の視線の先にあった。
小さなサービスエリアののどかな雰囲気を変えてしまうほどの緊張感を漂わせ、数人の背の高い黒い服を着た男性。その中心にいるサングラスをかけた人物、その人自身からこの周りを包み込むような強いオーラが放たれていた。霊的な感の全く無い私でさえもその人物に目がいってしまうほどに。
その一団の近くには、大きな黒い車があった。今まさにそれに乗り込もうとしているところだった。
あまりのオーラと緊張感で、立ち止まって見ている周りの人たちも叫ぶでもなく、近づくわけでもなく声を発することすらできないようだ。
その数分間の出来事が、驚くほど静かであれほど騒がしかった車の音や人の笑い声が何ひとつ聞こえないような空間になっていた。それを目撃しているすべての人が、この場の雰囲気に似つかわしくない人物たちに釘付けであった。
騒ぎになるわけでもなくその一団は静かに車に乗り込んだ。

私は車に乗る瞬間まで、そこに立ち止まって見入ってしまってはいたが、その人だかりに近づかずに自分の乗る車のドアを締めた。
車が走り出してからもずっと先程の光景が気になっていた。雲の流れるのを見ながらどこかのお金持ちか何かだとしか思っていなかった。
それもそのはず、まさか地元の近くのサービスエリアに芸能人なんているとは思いもしなかったからだ。しかし、あの人とのすれ違いはここから始まっていたことを、当時の私には考えも及ばなかった。
それからしばらくしてもその事を忘れないでいるのは、心の何処かに引っかかっていた出来事だったのであろうし、自分の魂に訴えかけてくる忘れてはいけない出逢いだったからなのだろう。
あの人のことを知っていくうちにあの時の光景を思い出すことが多くなり、思い返せば思い返すほどあの時の人物が、私が今見ているあの人にそっくりだと何度否定してもあの人に間違いないと確信した。
私はもっと早くにあの人に出会っていたのだ。正確な日にちは覚えていないが、はじめてライブに行くよりもずっと以前のこと、あの人をはじめてテレビで見たあの日から1、2年後の出来事ではなかっただろうか。
そしてその事を思い出したのは、この人を見つけた後の自分にとっての本当に特別な出逢いで、これは運命だったのかもしれないと感じた瞬間だった。
そう思えば私とこの人の運命的な出逢いは、この時から始まっていたのだと感じずにはいられない。
これが偶然の出来事だったのかもしれないが、この人に出会うことは必然であると感じる出来事が度重なると、無頓着な私でもこれは何かあるのかもしれないと奇跡じみたものを思うのだった。
しかしこの時から運命の歯車は回り始めていた。
*この物語はフィクションです。